広島県南西部の地図を紹介する。
100万都市・広島から続く市街地は廿日市市付近で一旦途切れ、大竹から岩国まで続く石油化学コンビナートに差しかかるまでの間は、安芸の宮島に代表される風光明媚な車窓を楽しむことができる。逆に、大都市に挟まれながらも開けていないということは、それだけ山が迫っているということでもある。
ところで、この山間部に一風変わった飛び地があるのをご存じだろうか。
別の地図サービスを用いて、廿日市市と大竹市の山間部を拡大してみた。
廿日市市の市域(2005年に合併する前は大野町の町域だったので、以後便宜的に旧・大野町と記す)に大竹市の飛び地が点在しているのが、読み取れるだろうか。
灰色の線に囲まれた、何とも表現しがたい形状の区域が飛び地である。
大竹市奥谷尻・後原の各地区の地形図を切り出してみた。
この小さい枠内だけでも、計5箇所の「大竹市飛地」の表記がある。
すぐにお気づきのことと思うが、これらの飛び地はすべて谷筋に存在する。
それもただの谷筋ではなく、耕地や人家のある地域のみが狙い撃ちされたかのように「大竹市飛地」となっている。そして、旧・大野町は人家のない山の斜面ばかりとなっている。
点在する飛び地は、かつてはそれぞれ別個の村として存在し、ほぼ確実に耕作を主として生計を立てていたものと思われる。
小さな村の勢力が山の斜面にまで及ばなかった理由はわからない。入会権の問題などがあったのかもしれないが、ぼくが想像するよりも郷土の研究に委ねた方が確実に決まっている。
しかし、谷筋の村が旧・大野町ではなく大竹市の方と合併した理由は想像がつく。
深い山の向こうにある大野よりも、谷沿いの道で結ばれた大竹とのつながりの方が大きかったのだろう。
つながりが大きいという理由だけでは、飛び地という不便なコミュニティは維持できない。
ゴミ収集などの市民サービスはもちろん、大竹市中心部とを結ぶバスを走らせるなど、きめ細かい飛び地運営を大竹市は実行してきたと聞く。
山間部に市役所支所(栗谷支所)を設置しているのも、そういったサービスの一つだろう。YOMIURI ONLINEの記事によれば、飛び地の方が生活に便利な状況らしい。松ヶ原町(大竹市飛地)の南西部に造成地が広がっているが、取り上げられているのはこの辺の話だろうか。
ちなみに、図中の「文」の記号は大竹市立松ヶ原小学校。住所は大竹市松ヶ原だそうだが、地図では廿日市市側にあるように見える。そして、この小学校には両市の児童が通っている。
飛び地なんてものは地図の上だけの話に留めて、現代社会を生きる住民には等しくサービスを提供すればいいだけのような気がするのだが。
