山形県のほぼ全域を流域にもつ最上川が東北地方、いや、日本でも有数の大河川であることは間違いない。
Wikipediaの記述によると、米沢市の源流から酒田市の河口までの総延長は229kmに及び、単一の都府県(つまり北海道を除く)のみを流れる河川としては、日本でもっとも長い。また、米どころ・庄内平野を形成する母なる川でもあるから、地理の教科書は最上川の記述を避けることができない。
さて、誰もがその名を耳にしたことのある最上川ではあるが、その実態となると意外に知られていないのではないだろうか。芭蕉の名句の他に「日本三大急流のひとつ」と呼ばれていることを知っていれば、その人は恐らく物知りの部類だろう。
これまたWikipediaの記述を引用するが、日本三大急流とは「日本を代表する河川のうち、特に流れの速いものをさす」とある。しかし、この説明を読んで山間の渓流のような川をイメージした人が実際に最上川の悠然たる流れを目にしたとしたら、拍子抜けしてしまうに違いない。実際、「あんな流れのどこが急流なんだ」と、ぼくに言い放った人までいる程である。
それでも、最上川は間違いなく急流である。日本三大のひとつに数えるに足りる急流である。
「あんな流れのどこが急流なんだ」などと主張される方は、残念ながら急流にかんする見識が違う(正確には定義が違う)のであって、それは当のWikipediaの記述にも及んでいる、とぼくは考える。
これから、最上川舟下りで知られる流域を地図で紹介することによって、急流にかんするぼくの考えを述べたいと思う。
あくまで独自研究の域を出ないから、敢えてWikipediaの記述を改変するような愚を犯すつもりはない。ただ、これを読んだ人のうち一人でも多くの人が、ぼくの考えに賛同してくださることを切に願う。
舟下りコースの少し上流、新庄市の市域に
川のほとり、しかも海岸線から遠く離れた集落に付いた地名にしては、曰くありげだと言わざるを得ない。
かつて最上川の水運が盛んだった頃の港として機能していた地だろう、と当たりを付けてから調べてみたところ、事実その通りだった。この資料によると、芭蕉の一行はこの地から舟に乗り、最上川を下ったことが窺える。
この地図では本合海集落内に記念碑の記号が見えるが、上述資料の写真に示されている石碑から特定するのは難しい。
川幅がもっとも狭くなる、JR陸羽西線・高屋駅付近を拡大した地図がこちらである。
ご覧のように、駅付近にはほとんど平地が存在しない。実際にこの付近を鉄道や車で訪れてみるとわかることだが、両岸は美しいV字谷を形成している。冬季には雪によって両岸は美しいモノクロームに変化する。何もない景色なのに、眺めていて飽きることがない。
鉄道や道路の対岸に
もしかしたら、現代でも舟を使う必要があるのだろうと思って調べてみたところ、この小径全体が「最上峡と歴史のみち」に指定されており、前後は実際に舟下りで連絡しているらしい。
丁寧なガイド付きの地図(PDF)も作成されているから、気になった方はこちらの地図も持参するとよいだろう。徒歩約60分、なかなか楽しそうなコースである。
現代の舟下りの旅は、この草薙温泉で終わりとなる。
対岸には白糸の滝がある。こちらの情報によると、温泉側からもよく見えるらしい。さぞ絶景だろう。
国道沿いに標高30.2mの水準点が確認できる。本合海にも水準点があり、こちらは標高41.8mである。
川面の標高はいずれも少しずつ低いのだろうが、恐らく大差はないだろうから、直線距離にして10kmは離れている本合海と草薙温泉との標高差は、せいぜい10m程度ということになる。
こんな河川が、なぜ日本三大急流のひとつに数えられるのだろうか。
ところで、高屋と草薙温泉の対岸に神社の記号が見えるが、なぜこんな場所に神社があるのだろうか。
単なる偶然だろうか。
もちろん、単なる偶然ではないだろう。
あるいは、この神社の存在こそが、最上川が急流と呼ばれたことの名残ではないだろうか。
最上川ではかつて水運が盛んに行われていたことは既に述べた。
しかし、最上川の中流域には、難所が多かったという。まさにこれまでの地図で紹介してきた流域がそれだ。
かの有名な一句「五月雨をあつめて早し最上川」も、ただ旅情を淡々と詠んだものではないだろう。「水みなぎつて舟あやうし」という一文が、前提条件を雄弁に語っているではないか。
急流とは、単に流れの速い河川を指すのではない。
水運として重要であるにも関わらず、往来に危険を伴う箇所があるからこそ、急流として恐れられたのだろう。
裏を返せば、最上川が日本三大急流に数えられるということは、最上川が重要な河川であったことを意味するということだ。
草薙温泉より少し下流に、最上川さみだれ大堰という取水堰がある。名前の由来は、もはや言うまでもないだろう。
最上峡の谷口に位置する堰によって振り分けられた水は、庄内平野の水田を潤す。
流通の主役の座を鉄道、そして道路に明け渡したとしても、最上川は現在でも重要な川なのだ。
田植えに使われるのは、まさに五月頃の雨だろうか。
もっとも、五月雨とは旧暦五月(太陽暦では七月頃)に降る雨のことだから、田植えには間に合わないだろうが。
