君の知らない世界一周物語

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ブエノスアイレス最高の肉を女神ナオコと食べる

「思うんだけど、人って”19歳と20歳のあいだ”を行ったり来たりするべきなのよ。そうしたら、いろんなことがもっとらくになるのに」

小説『ノルウェイの森』で直子はそう言った。

あるいは29歳のぼくも「29歳と30歳のあいだを行ったり来たりしたい」と、潜在意識下ではそう思っているのかもしれない。

 

「あるいはーーー」赤ワインをなめながら、ぼくは考える。「1秒はなぜ1秒なのだろう。なぜ1秒はこの長さである必要があったのか。1秒がたとえば”映画1本分ぐらいの長さ”でもよかったのではないか」

”時間”とは、人の心の中にのみ存在する”概念”であり、ひとつの”ものさし”に過ぎない。ポケモンの能力値みたいなものなのだ。

 

本当に存在するかどうかもわからないが、「過去」「未来」という概念を作り出し、ぼくらはそのルールに従って言語を使ったり、記録をつけたり、そして生きたりする。

 

しかし時間とは、人の作り出した単なる数値である。この宇宙にはじめから存在していたものではない。だからといって信憑性がないというわけではないが、過去や未来などというものは、非常にあいまいでよくわからない概念である。

 

本当にぼくらは、その過去を生きていたのだろうか。もしかしたら、過去だと思っていた出来事は、いま同時に起こっているのかもしれないし、これから起こりうる出来事かもしれない。

時間が人の生み出した尺度であるなら、その尺度を変えることも人にはできるはずだ。

 

 

 

夜空を眺め「宇宙の起源」みたいなものを考えるとき、ぼくは必ず堂々巡りの思考のどん詰まりにぶち当たる。そしてそれ以上前に進めなくなって、ぼくの思考旅行は終わる。

 

すべてが仮説のうえで進んでいく、よくわからない世界だ。

この世界のすべてのものは疑わしい。フランスの哲学者ルネ・デカルトはあらゆるものを疑い続けた。そして彼は「我思う、ゆえに我あり」にたどり着く。

「この世は夢かもしれない。自分の体の存在さえも疑わしい。あらゆるものが疑わしいが、この”疑っている自分の思考”というものだけは、おそらく確実に存在するものだ」というのが、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」という哲学概念の簡単な解釈だ。

 

「すべてを疑う」という思考姿勢は、哲学のみならず、仕事や人間関係をはじめとするあらゆる私生活に応用可能な、パワフルな思考方法だ。

 

 

 

 

さて、話をブエノスアイレスに戻そう。

4月7日の昼下がり。ぼくはブエノスアイレスの宿で、ついに女神ナオコと再会した。9月にモロッコで一緒に行動した以来だから、じつに半年以上ぶりの再会である。

※参考記事 女神の名はナオコ。チリにてクレジットカード入手

 

クレジットカードを日本から届けてくれたお礼に、ぼくはさっそく、ナオちゃんとレストランへ出かけた。ブエノスアイレスには、最高にうまい牛肉ステーキが食える店があるらしいのだ。

 

向かった先は「EL MIRASOL」という店。
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入店し席につく。店内は格調高い雰囲気が漂う。

メニューをもらい、目星をつけてきていた「スペシャルビーフステーキ」を注文。フライドポテトと赤ワインも続けて注文する。

 

 

 

肉が到着する前に、まずはワインで乾杯。飲みやすい赤ワインだ。

 

これまでのお互いの近況を報告し合う。ぼくと同じように、ナオちゃんにはナオちゃんの時間が流れていた。共通の知り合いの話題で盛り上がる。

 

 

しばらくすると肉が運ばれてきた。700グラムの巨大なステーキだ。この肉を半分に切り分けてもらう。
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いざ実食。見せてもらおうか、ブエノスアイレス人気店のステーキの実力とやらを。
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うまい。

肉は柔らかく、ほどよい焼き加減。脂身の混ざり具合も絶妙である。

 

 

 

赤ワインと牛ステーキ。まず間違いのないコンビネーションだ。

二人で感動しながら食べた。旅には、たまにはこういう至福のときがあってもいい。

 

 

肉を食べ終わったあとは、ブエノスアイレス最古のカフェ「CAFE TORTONI」へ。
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ここでも2時間ほど会話を楽しんだ。

 

 

 

 

最初はたったひとりで始まったぼくの旅。

こうして、一人また一人と登場人物が増えてくる。人と絡めば、なんらかのイベントが発生してくる。

 

旅に出て9か月。ぼくはみんなに支えられながら、旅を楽しんでいる。

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