君の知らない世界一周物語

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ウユニ村へ。なり22歳、上京、秋葉原にて

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おそらくこの世界に地獄は二つある。

二日酔いの朝と、ラパスからウユニに向かう夜行バスの二つだ。

 

現在時刻は、2月15日の午前2時55分。

ものすごい振動で、ぼくの眠りは強制的に中断させられた。

バスが死ぬほど揺れているのだ。

 

「なんだこの揺れは」

 

思うに、バスの揺れには2種類ある。ひとつは、ぐねぐねの道を走るときの横揺れ。もうひとつは、でこぼこの道を走るときの縦揺れである。

そしていまぼくは、ものすごい縦揺れで震えるiPhoneの画面に、ひたすらこの文章を打ち込んでいるのだ。

 

 

「どんなに苦しい状況に置かれても、つねにアウトプッター(語り手)の視点を持ち続けよ。絶望に光を灯すのは、”苦しみを笑い話に変えようとするメンタリティー”なのだ」

ぼくはいつも、自分にそう言い聞かせている。

 

だからこうして、ぼくは深夜にひとり、iPhoneをポケットから取り出して、いままさにこの記事の下書きをしている。

 

 

ここまで書いているうちに、午前3時28分になった。となりの席では、ジーザスくんが静かな寝息をたてている。

 

iPhoneから目を離し、カーテンを少し開けて窓の外を見てみる。

窓側の席の特権だ。

 

 

外は漆黒の闇。バスのヘッドライトに照らされた道がぼんやりと見えるだけ。退屈な風景。

 

カーテンを閉めて、再びぼくはiPhoneに文章を打ち込んでいく。

後ろのほうから、誰かのイビキが聞こえている。

 

 

腹が減っていることに気づき、ぼくはバックパックからチョコクラッカーを取り出す。

一気に二袋を食べる。

やはりうまい。世界最高のチョコクラッカーだ。

 

 

 

地球の裏側だというのに、このバスにはぼくらを含めて日本人が10人ぐらい乗っている。

おそらく卒業旅行の大学生だろう。

 

ぼくはまたiPhoneから目を離し、自分が大学4年のこの時期になにをしていたか、思い出す努力をしてみた。

記憶の迷路をたどる。

 

 

 

思い出した。

7年前。2008年の2月。

大学卒業を間近に控えたぼくは、東京で就職することが決まっていた。22年間過ごした石川県を離れるのは、期待と不安が半々だった。

ともあれ、2008年の2月、ぼくは引越し先を探しに東京へ行ったのだ。

 

ぼくの就職先は、東京都中央区の八丁堀という場所にビルがあった。

住む場所には特に思い入れがなかったので、八丁堀まで乗り換えなしで行ける、東京メトロ日比谷線の三ノ輪駅周辺に住むことにしたのだった。

 

東京メトロ日比谷線。ぼくはこの路線が好きだ。

石川に帰るときは上野駅から新幹線に乗れるし、サブカルチャーの中心地秋葉原駅もある。

 

アニオタの聖地、秋葉原。上京したての頃は、特に用事もないのによく秋葉原で降りて、ヨドバシカメラやドンキホーテに行ったものだ。

あの頃の秋葉原は、アイドル系のパフォーマーが路上でよく歌っていて、その周りを男性ファンが囲み、オタ芸を打つ光景が見られた。

しかし2008年の6月にあの悲惨な無差別殺人事件が起きた。それ以来、秋葉原での路上パフォーマンスは禁止され、静かな街になってしまった。

 

ホコ天、路上パフォーマンス、オタ芸。ぼくはあの頃の秋葉原が好きだった。

古き良き時代が、やはり秋葉原にもあったのだ。

 

 

 

そんなことを考えていたら、現在時刻は4時5分になった。

少し眠くなってきた。

 

目が覚める頃にはウユニ村に到着していることを祈って、ぼくはiPhoneをポケットにしまった。

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