君の知らない世界一周物語

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心理学者マズローと”旅人なり”の欲求段階説

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幸せな時間が流れていく。

宿のおいしい朝飯を食べ、ベッドに横になりながらYouTubeで韓国語を勉強する。韓国語に疲れたらスペイン語も勉強する。

 

その言語が話されている国でその言語を学び、現地人と交流すること。これは最高におもしろい体験だ。日本国内で英語を勉強しているのとは次元が違う。

スペイン語圏でスペイン語を勉強し、それを駆使してコミュニケーションする。いままでぼくが経験してきたあらゆる事象の中で、1位2位を争うほどにエキサイティングなアクティビティだ。

 

昨日覚えた言葉をさっそく使ってみる。それが通じたときの感動。

観光よりも数百倍楽しい。

 

 

 

「世界中の観光地をまわり、ツアー料金を払い続ける」

これを”世界一周の定義”とするなら、ぼくの世界一周はもう終わってしまったといえるだろう。

 

観光地をまわること。ツアー料金を払うこと。これは「世界の表層部分」でしかない。その事実にぼくは気づいてしまった。

 

 

 

 

あなたは「マズローの欲求段階説」をご存知だろうか。

アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱したもので、簡単に説明すると「人間の欲求は段階的に変化していく」という理論だ。

 

マズローの欲求段階説には大きく分けて5つの段階がある。

下図を見てほしい。
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ぼくたち人間の欲求は、すべての人間に共通する欲求「生理的欲求」からスタートする。これはもっとも根源的で動物的な欲求だ。

「腹が減ったから食べたい」「のどが乾いたから飲みたい」「眠いから寝たい」

人間は、この欲求が満たされていないと次の段階の欲求「安全欲求」へ進むことができない。

 

 

さて、お腹が満たされると次に生じてくるのは「安全欲求」だ。これは、たとえば「来年も安定して食事がとれるよう、計画的に農作物を作ろう」とか「雨風をしのげる家がほしい」とかそういう欲求である。

その日の食糧の心配がなくなったら、次は来月や来年の食糧を心配したり、長生きできるように外敵から身を守る家を作ったりと、次の欲求が出てくるのである。

我々日本人は、おそらくほとんどの国民は衣食住に困らない状況で生まれてくるので、この段階からスタートする場合が多いはずだ。

 

 

当面の衣食住が満たされると、次は「社会的欲求」に進む。集団に所属したい。人と触れ合いたい。一人で生きていくのはイヤだ。そんな欲求である。

社会的存在である我々人間の、もっとも基本的な欲求であろう。

 

 

ある集団に所属すると、今度はその中で「あなたが必要だ」と言ってもらいたい、そんな欲求が生まれてくる。これが「承認欲求」である。

ぼくらは集団に所属するだけではだめで、その中で価値を生み出していきたいと思っている。必要とされたい。頼ってもらいたい。「ありがとう」と言われたい。そんな欲求を根源的にもっているのである。

 

 

最後は「自己実現欲求」である。

所属した集団の中である程度の成功をおさめる、それはある意味他人との勝負に勝つということである。他人に勝ったあとの次なる目標。それは自分自身である。

「自分自身をさらに超えていく」これが自己実現欲求だ。

 

さらなる高い目標を自分自身の中に定め、それをストイックに達成していく。他人との勝負から抜きん出て、あとは自分との戦いの一人旅。ある種、職人や勝負師の領域ともいえる。

ちなみに、マズローによれば、この自己実現欲求まで進める人間はわずかである、とのこと。

 

 

 

 

さて、本題はここから。

ぼくも旅する中で、ある種の「旅人の欲求段階説」みたいな理論がたてられるのではないかと前々から思っており、仮説を構築してきた。

今日はその理論を公開しようと思う。下図をご覧いただきたい。
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低次の欲求から解説しよう。

 

まずは「出発欲求」である。これは、「世界一周してみたい!旅に出たい!」というような、もっとも初歩的な旅人の欲求である。

 

 

いざ旅に出れば、当然「観光欲求」が沸いてくる。ウユニ塩湖、マチュピチュ、イースター島、アンコールワット、サハラ砂漠、、、世界的に有名な観光地へ行きまくりたい。そんな欲求がこれだ。

 

 

ある程度観光にも慣れてくると、今度は「所属欲求」が生まれてくる。二人旅がしてみたい。日本人と触れ合いたい。こんな欲求だ。

 

 

二人旅や団体行動を経験し、所属欲求が満たされると、今度は「帰国欲求」の段階に進む。

「帰国したいなぁ」「日本食が恋しいなぁ」などと、望郷の思いがとめどなく沸いてくる。それがこの段階だ。

ほとんどの旅人がこの欲求に耐えきれず、帰国してしまう。ぼくも一度、帰国欲求に負けそうになったことがあった。

 

 

帰国欲求を乗り越えると、今度は「沈没欲求」が沸いてくる。この段階までくると、もはや絶景や観光はただの「ノイズ情報」となる。ノイズに左右されることなく、本当にやりたいことの片鱗が見えてくる段階だ。

気に入った国や町に長期間滞在する。観光にあくせく走り回る”観光欲求旅人”を横目に、自分の世界に入り込みやりたいことだけをひたすらやる。それが「沈没欲求」である。

 

 

心ゆくまで沈没欲求を満たしてやると、いよいよ最後の段階「自己実現欲求」に到達する、のではないかと推測している。←いまここ

 

ところで、まれにだが最初から「沈没欲求」の段階にいる旅人もいる。彼らは観光や絶景などには左右されない。自分の行動哲学で旅ができる強い精神力をもった希少な存在だ。

ぼくもインドでそういう旅人に出会ったことがある。

 

 

 

ぼく自身は現在「沈没欲求」まで進んでいるので、これから気に入った場所に長期滞在して、さらなる高次元の欲求段階を目指そうと思っている。

今後の展開が楽しみだ。

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